封印の剣殺人事件



<1>

 ベルン王国軍三竜将の一角ナーシェンを討ち果たし、エトルリア王都アクレイアを奪還したリキア同盟軍は、エトルリア臣民の好意によりその城の別館で一夜を明かすことにした。
 リキアの将軍ロイにあてがわれたのは広さにして7×7マスの客室であった。臣民はもっと良い部屋に案内したがったが、
「いえ、壁から3マス以上離れてればそれで良いんで」
と言ってロイは固辞した。臣民はその人柄に感動し、部屋を後にした。
 時刻は夜の11時を回っていた。


 翌朝、その中央に位置する寝台でロイは死んでいた。


 死因は一見しただけではわからない。ただ、殺されているということだけは明らかだった。
 第一発見者はエルフィン。軍師参謀として献策しようと朝一番に伺った、というのが彼の言い分だった。
「この扉は施錠されていました…。つまりこれは密室殺人ということになります」
「「「密室殺人!?」」」
確かにその部屋には壊れる壁やワープ床などは無かった。一つの扉以外はただの壁で囲われていた。
 エルフィンは頷くと、驚きに顔を強張らせるリキア同盟の生き残りたちを見比べた。
 チャド、レイ、ドロシー、サウル、エキドナ。そしてマリナスとギネヴィア。
 これがロイ率いるリキア同盟軍の全てだった。



 悲劇はなにも今宵に限った話ではない。16章までに数々の戦死を彼らは乗り越えてきていた。
 だからこそ、信じられないと言うようにエルフィンはその重い口を開いた。
「……一体どのようにしてロイ様が殺害されたのか、見当もつきません。しかし、それはおそらく、我々の中の誰かによる犯行なのです」
「エルフィン!なにを言い出すんだ!ロイ様を手にかけるなど…ベルンの賊による犯行に決まっているだろう!」
エキドナが激昂した。皆はそれを当然のことだと頷きあう。主君を失ったというのに仲間を疑うとは何事か。
 しかしエルフィンは冷徹な口調を崩さずに、論理立てて説明していく。
「この別館の警備は万全でした。一つの正門を除き、この城は1000×1000マスの壁で囲われています。そしてその門はエトルリア同盟軍(緑色のソルジャー)によって守られていたのです。その彼が証言してくれています。ロイ様がお部屋に入り施錠されて以降(夜11時)、この門を通った者はいない、と」
 エルフィンの傍らにいた緑色のソルジャーが一歩前に出ると「はい!誰も通りませんでした!」と、敬礼した。
 その様子を胡散臭そうにサウルが一瞥する。
「しかし、それは君がそう証言しているだけで、嘘をついている可能性だってありますよね。なにせエトルリアは昨日までナーシェンの支配下にあったわけだ。あちらに寝返った兵がいてもおかしくはない」
「いいえ、サウルさん。エトルリア同盟軍は昨日付で友軍(緑色のキャラ)となりました。友軍(緑色のキャラ)は我々には絶対に敵対しません。つまり、偽証はありえないのです」
 他のFEでは緑色が敵対してくることもある。しかし封印の剣において緑が忠実なことに例外は無い。この小説における友軍の証言は真実を語るものとする。
「そしてその同盟軍によって城内は一晩中(夜11時からロイの死体発見までの間)巡回されていました。我々の部屋以外、全ての箇所を一切死角なく彼らは見張っていました。怪しい者が城内に入り込んだ形跡はなかったとのことです。死体発見後、我々の部屋内を含む城内全ての捜索もしましたが、我々と友軍以外の者は誰もおりませんでした」
 この巡回と捜索には友軍が立ち会っている関係上、真実となる。
 こうして慮外者の介入する余地が消えた。リキア同盟軍は身内を疑わざるを得なくなった。

<2>

「チャド、案外お前がやったんじゃないか?盗賊なんて暗殺向きだろ?」
レイが不真面目な態度でチャドに水を向けた。
「……っ!ふざけんなっ。どうして俺がロイ様を殺さなくちゃならないんだ。ホラ、鍵だって新品、30個ちゃんとあるだろ」
そう言ってチャドは「もちもの」の【とうぞくのかぎ】を皆に見せる。確かに30個揃っていた。
「ちゃんとありますね…。あ、でも【とびらのかぎ】を別に一本用意すれば良いんじゃないですか?鍵は使えば消えちゃいますから」
ドロシーが思いつきを言うと、チャドは顔を真っ赤にして反論する。
「なんだよっ。【とびらのかぎ】で良いなら俺だけ疑うなよなっ。全員使えるだろ!」
【とびらのかぎ】は全職種で使用可能な鍵であり、店売りもされている。誰にでも手に入れるチャンスはあっただろう。
 しかし、問題はそこでないことをエルフィンが指摘する。
「いや、そもそもこの扉…開錠はできたとして、いったい誰が施錠できるというのです…?」
エルフィンがそう言うと、皆は顔を見合わせた。
 FEキャラに施錠スキルはない。イベントシーンや、NPCにしか施錠はできないのである。ロイの部屋はエトルリア臣民(緑色の友軍)が退室の際に施錠していったのだ。それ以降、同盟軍(緑色の友軍)の誰もこの部屋を施錠していない。
「つまり…ロイ様の部屋の鍵は誰にも開けられなかったわけだ。このことから殺害方法はかなり限られますね」
自嘲めいた口調でサウルが言った。なぜなら、彼が最もその「殺害方法」を所持していたからだ。
 サウルは馬鹿ではない。遠距離魔法や遠距離杖の所有者が容疑者として疑われるのは必定。どうせ追求されるなら、とみずから率先して自身の持ち物とステータスを公開した。
 サウルのもちものは【パージ】4、【ライトニング】20、【ライブ】18、【ワープ】5、【レスキュー】1の5つ。当然クラスチェンジもしており、杖レベルSの光魔法レベルAだった。全てのアイテムを問題なく使用できる。
 早くからエレン、クラリーネを失ったロイ残党軍は、唯一の回復役としてサウルを大切に育てていた。しかしその結果がロイ殺害の容疑者筆頭である皮肉にサウルは苦笑せざるを得ない。
「サウルさん、あなたの遠隔杖なら確かにこの密室を突破することができますね。それに【パージ】が4。ナーシェン撃破(16章クリア)時点では残数が5だったと記憶しているのですが…?」
さすがのエルフィンといえどもサウルの所持品をすべて把握していたわけではない。しかし【パージ】は貴重な遠距離魔法なので、残数には気を使っていたのだ。
 エルフィンが厳しい視線を向けると、サウルは顔をそむけた。
「やれやれ…これも運命ですか」
自白ともとれるような呟きに、一同は騒然とする。
 しかし、ドロシーがサウルを庇うようにしてエルフィンの前に立った。
「いいえ、神父様はロイ様を殺害していません。私が保証します」
「保証とは?」
「ロイ様が自室に戻るのと同時に神父様も部屋に戻りました。だからわたし、エトルリア同盟軍の方に神父様の部屋を見張ってもらってたんです。夜中に抜け出して城下町に遊びに言っちゃわないか心配だったので」
「ど、ドロシー、そんなことしてたのですか…」
「だって…神父様いっつも女の子のところに行くじゃないですかっ」
「ノロケはいいですから。それで、部屋をずっと見張っていたのですか?」
エルフィンが振り向いて緑に尋ねると「はい、ちゃんとサウル様が部屋に入るのを見届けてから扉を監視しておりました。死体発見までその扉は開きませんでした」と緑は返事をした。サウルの部屋も壁に囲まれており扉は一つしかない。
 ドロシー1人の証言ではサウルとの関係から、共犯の疑いもあった。しかし緑が見張っていた以上この扉が開いていないのは確かだった。
「しかし【パージ】はどうですか?なぜ1消費しているのです。あの晩、友軍を含めた我々の誰も【パージ】による攻撃は受けていません。つまり、ロイ様を攻撃したということに他ならないのでは?」
「…………確かに私はロイ様を攻撃しましたよ。だが、殺してはいない。計算のもとに行動したんだ。ロイ様の魔法耐性を少し考えれば分かるはずですよ」
ロイのHPは30、魔防は13、対してサウルの魔力を検証したところ18だった。【パージ】の威力は10、つまり差し引き15のダメージしか与えることができない。
 また【パージ】の消費が1であることからサウルはロイに2回行動していない。速さが足りないのだ。サウルの【パージ】一発ではロイを殺すことができないのは明らかだった。
「必殺はどうですか?」
「私の幸運でフェレ家の者相手に必殺を出せと?無理です。0%でしたよ」
「たとえ殺意がなくとも、ロイ様を攻撃するなど到底許せることではないですぞ!」
マリナスが怒気に顔を歪ませ、暴れ狂いながら抗議した。それをエキドナが諌めるように取り押さえているが、そのエキドナの表情もサウルに対する難色を示していた。
「なぜロイ様を攻撃されたのですか?」
「慰霊…と言えば聞こえがいいかな。いやあ、無能な指揮官に対するただの鬱憤ばらし。嫌がらせですよ」
あっけらかんとサウルは言ってのけたが、その双眸には悲哀の色が強かった。そして、サウルの言いたいことが他の者にもなんとなく分かった。
 この軍は死者を出しすぎている。兵の力不足が死因の場合もあれば、誤った指揮による戦死も少なくなかった(やっつけ負け、連打癖、闘技場での敗北、弓囲い失敗etc.)。
 ロイをぶん殴りたい気持ちは大小それぞれ皆一様に燻らせていた。それがサウルの場合、闇討ちの【パージ】一発という形を取らせただけのことだった。
「でも、これで神父様の無実は証明されたはずです」
ドロシーが言うと、エルフィンは首肯した。
「いや、まあ、【パージ】を当ててる以上無実とは言い難いですが…。確かに持ち物も所持量マックスですし、【ワープ】の杖5本にも使用された形跡がありませんから、サウル様おひとりではロイ様を殺すことはできないでしょう」
彼らFEキャラはもちものを捨てることで、完全に消滅させることができる。だからこそ、もちもの所持量がマックスということは使った武器、杖などの証拠を隠滅していないという証明になるのだ。
 部屋の扉がドロシーによって封鎖されている以上、別の【パージ】を使ってロイを殺し、それを捨てたあと誰かにダミーのものをもらって所持品をマックスにするというトリックが使えないことを意味する。
 しかしエルフィンはサウルに対して警戒を解く様子はなかった。【パージ】が消費されている事実は依然として彼への疑いを濃くさせるのだ。
 それに…とエルフィンは思考を巡らせた。ロイはなぜ【パージ】を受けたにも関わらず、その場にじっとしていたのか。ロイは15のダメージを受けたにも関わらず部屋から出ず、助けを呼びもしなかった。【とびらのかぎ】を所持したまま死亡していた。
 しかしやはりどう考えてもサウルの【パージ】一発ではロイを殺せない…このことだけは確かだった。
 無抵抗だったロイの謎は頭の片隅に置き、エルフィンは口をつぐんだ。

<3>

「【ワープ】…そうですよ。【ワープ】と【レスキュー】です!」
とつぜん、今までずっとおし黙っていたギネヴィアがそう言うと、パッと顔を輝かせた。
「どうされました。ギネヴィア姫」
「やはりロイ様を殺害したのはベルンの…いえ、我々では無い可能性があります」
「……それが、【ワープ】と【レスキュー】ですか」
エルフィンは少しため息をつくと、ギネヴィアの考えたことを瞬時に察して首を振った。
「えぇそうです。【ワープ】と【レスキュー】を持った二人組がお互いに杖を振り合うことで、どんな密室でも入り込むことができます。そしてこれは未知の二人組Xによってのみ可能な密室殺人なのです。だって我々の中に杖を振ることができる人間はサウル様しかおりませんから」
エルフィンは哀切を感じた。ギネヴィア姫の優しい心が外部犯の可能性を信じていることに。そして自分がその可能性を断ち切らねばならないことにも。
「それは私も最初に考えました。しかし【ワープ】の射程は1~魔力+10、そして【レスキュー】の射程は1〜魔力/2+5。この1000×1000マスの城の外から、人を城内に呼び寄せることはできません。ロイ様の部屋は城の中央にありますし、我々全員の部屋もロイ様の部屋を取り囲むように位置しています。到底届くような距離ではございません。城内の他の部分は同盟軍が巡回しています。ですから……申し訳ありません、ギネヴィア姫。外部犯ということはあり得ないのです」
あまりにもあっさりと希望を断じられ、ショックでギネヴィアは声を詰まらせた。
 しかしベルン王女としての矜持が彼女を支え、エルフィンの正論に対して、か細い反論を唱えた。
「……とてつもない魔力を持った者が犯行に及んだのです。きっとこの世には、私たちの想像もつかないような力を持つ者がいるのです………」
【ワープ】、【レスキュー】の射程を部屋内から城外にまで届かせるのに必要な魔力は100以上。そんな化け物が果たして存在するのだろうか。しかしギネヴィアはそれを信じることで、身内への疑いを拒否したのだ。その場にいる誰しもが心を動かされずにはいられなかった。
「……わかりました。ギネヴィア姫、魔力甚大の外部犯説を可能性の一つとして認めましょう。あらゆる他の可能性を検討し、何もかもが否定された場合、それこそが真実ということです」
エルフィンがそう言うと、その場の緊張が少し緩和されたように感じられた。
 先ほどまではお互いがお互いを疑ぐり合う場でしかなかった。しかし外部犯説が提唱され認められた以上、あとはお互いの身の潔白を明かすことでその結論に至れるのだ。罪を問うために疑うのではなく、その者の罪が無いことを証明するために疑う。それはまったく意味が違うことだった。


 しかし実際のところ、殺人者はリキア同盟軍の身内に潜んでいた。魔力お化けの外部犯なんて、噴飯ものの幻想でしかなかった。
 もはや殺人者はあらゆる可能性を否定し、外部犯になすりつけるだけでその罪を逃れることができた。


<4>

「扉の施錠が存在する限り、遠距離魔法あるいは遠距離杖が必要となります」
確認するようにエルフィンが状況を整理していく。
「現存する遠距離攻撃は【サンダーストーム】、【パージ】、【イクリプス】、そしてアーチのみ。どれも射程は3〜10、ロングアーチだけは15です」
サウルとレイとドロシーが得意武器の名が挙がると、少しだけ反応を示した。しかし黙って聞いていた。
「そして遠距離杖は【リブロー】、【レスキュー】、【ワープ】、【バサーク】、【スリープ】、【聖女の杖】のみ。この中で本件に関わりがあるのは【レスキュー】と【ワープ】…そして【バサーク】と【スリープ】くらいですか。射程は【ワープ】が1~魔力+10、【レスキュー】、【バサーク】、【スリープ】が1〜魔力/2+5です」
杖のくだりでチャドが声をあげる。
「なあ、毒死ってのは考えられないか?そうすれば完全密室でも死ねるぜ」
【聖女の杖】(状態を回復する)からの連想であろう思いつきである。しかしこれは最後にロイを目撃したエトルリア臣民によって否定された。
「お休みの際にロイ様から頼まれたもので、スリープをかけさせていただきました。たとえpoison状態であろうと、状態異常は上書きされたハズです」
エトルリア臣民は緑の友軍。無謬の証言である。
 話の腰を折られたエルフィンは居ずまいを正すと、検証にとりかかった。
「ではまず、【サンダーストーム】…これは我々の中に使用者はいません。凶器候補からは除外していいでしょう。次に【パージ】…これは先程も議題に登りました。サウル様が使うことができます。しかし、【パージ】を4つと持ち物を5つ、最大まで所持している関係上、一発しか撃てないことになります。これだけではロイ様を殺害することはできません」
みなもここまでは納得していた。サウルからも特に反論はない。
「話を先に進めます。次に【イクリプス】。これは【サンスト】や【パージ】と違い、ダメージを与えるのではなく、対象のライフを1にする闇魔法です。シャーマンであるレイ様が使用可能です。しかし、やはりこれ単体ではトドメを刺すことができません。レイ様1人ではロイ様を殺害することは不可能でしょう」
レイは当然と言った顔で聞いている。しかし、エルフィンの検証には続きがあった。
「…ですが、サウル様とレイ様が共謀すればロイ様を殺害することが可能なのではないでしょうか」
「………!」
一同は息を呑む。一撃では倒せない【パージ】、そしてライフを1にする【イクリプス】。合わせて使えば人を殺すことができる。
 サウルは苦々しい顔をしてため息をついた。
「…やれやれ、まさかとは思うが君もロイ様に対する意趣返しで【イクリプス】を?最悪のタイミングで同時にやってしまったというのですか?」
あくまで偶然であり、共謀ではないということだろうか、サウルは狼狽えながらそう言った。
 しかし、レイの方がもっと慌てていた。
「なっ…ば、バカ言うなよな。オレは【イクリプス】なんか使わねーよ!」
「ではその証拠を…。否定して下さればこの説は取り下げられるのです」
エルフィンは暗に否定してくれと言っていた。
 彼もまたこの事件が外部犯であることを望んでいる。
「いや使ってないもんは使って……いや、待てよ」
レイは少し考えると普段の自信のある顔つきに戻った。
「【イクリプス】は闇魔法レベルBだろ?じゃあオレには無理だ。使えない」
マリナスが「ああっ」と声をあげ、ここぞとばかりに食いついてくる。
「そ、そうじゃ!レイどのは加入以来、今まで一度も戦闘したことが無いのですぞ!無論壁を壊すことさえも!」
「そうさ。大体いつもマリナスら辺にいるからマリナスはわかってくれる。武器レベルは上がりようが無い。もちろん杖だって振ったことないぜ」
16章クリアまで、レイが戦闘も回復もしたことがないのは全員が認めるところだった。レイの初期加入時の闇レベルCでは【イクリプス】が使えるわけがない。
「……ん?それに、おい、これ…」
レイは城の間取りを指摘すると、ニヤリと笑った。
「オレの部屋からロイ様は11マス以上離れてるじゃん。【イクリプス】の射程圏外だよ」
「本当ですか」
エルフィンが驚いて確認すると、確かに11マスちょうど離れていた。
「……しかし、レイ様自身が別の部屋に行き、そこから【イクリプス】を撃った可能性はまだ残ります。レイ様が夜11時以降、部屋を出なかったという証明ができれば良いのですが…」
エルフィンはあえて武器レベルには触れずに射程距離だけを論点に据えた。武器レベルをなんとかする方法は既に思いついていたのだ。
「それについては私がレイ様の事件当日のアリバイについて証言しましょう」
緑色のエトルリア同盟軍の緑ソルジャー(友軍)の一人が名乗りをあげる。
「まず夜11時以前、レイ様はチャド様と一緒にアクレイアの城下町で買い物をなされており、そこに自分が遭遇しました。レイ様から荷物持ちの命令を頂き、行動を共にすることになりました」
「すいません、ちなみにその買い物というのは武器屋や道具屋を使用した、ということですか?」
「いいえ、もちものが増えないタイプの買い物です。つまりシステム上カウントされない雑貨を買っていたということですね」
重要な売買ではないということだ。エルフィンは先を促した。
「そして買い物を終えると城に帰り、まっすぐレイ様のお部屋に向かいました。この時チャド様もご一緒されています」
「俺とレイはレイの部屋で今日買った面白そうなもんを並べたりしてたんだよ。そうだな、あれが確か夜の11時くらいだったか?夜遅かったから長居したつもりはないんだけど」
チャドが口を挟むと、緑ソルジャーは頷いた。
「ハイ、私はその間レイ様のお部屋の前で待機しておりました。5分くらいするとチャド様が部屋から出てこられたので、チャド様の部屋までご同行させていただこうとしたのですが、それは断られました」
「ああ、いや別に、部屋はすぐそこだったからさ」
チャドが少し気まずそうにするが、緑ソルジャーは特に意に介さない。
「ですから私はすることもなくなったので、その場で一晩中レイ様のお部屋の警備を務めたのです。翌朝、エルフィン様がロイ様の死体を見つけるまでこの扉は開きませんでした」
レイの部屋も当然、扉は一つしかない。緑ソルジャーが見張っていたのならば、アリバイは完全に証明されたことになる。
 エルフィンは眉間にシワを寄せて、今の情報を吟味していた。確かにこれではロイに【イクリプス】は撃てない…。
 武器レベルだけを根拠に無実を主張されたのならば、「隠れてクラスチェンジすることで武器レベルを上げた」と切り返そうと思っていた。
 数章前に紛失した(誰かが抱え落ちしたものとしていた)、秘密店(CCアイテムを購入できる)へ入店するための【メンバーカード】もその説を補強する材料だった。
 しかし、武器レベルがどうであれ部屋からの距離とアリバイが完璧ならばやはり犯行は不可能。
 例えばサウルが【レスキュー】を使用してレイの部屋からレイを脱出させたとする。これで一応ロイを殺害することはできる。しかし、サウルが【ワープ】を使っていない以上、レイをレイの部屋に戻すことができない。朝になって2人がサウルの部屋から出てきたら、ドロシーが見張りにつけた兵士がそのことに気がつかぬわけがない。サウルの部屋にレイが隠れられるような場所もない。
「……わかりました。レイ様の【イクリプス】による犯行は不可能だったと言わざるを得ません」
レイはフンと鼻を鳴らしたが、どこか満足そうな顔をしていた。
 【イクリプス】、【パージ】の合わせ技一本説が否定されると、皆はホッと胸をなでおろした。いま考えられる限り、これが最も有力な説だった。

<5>

「では次にアーチを検証します。これはドロシー様が利用可能ですが…」
「そんなものこの城にあるわけないじゃないですか」
ドロシーは仏頂面でそう答えた。エトルリア同盟軍も頷いている。
「移動可能なアーチを城内に運び込んでいる可能性…いや、それも門番や巡回兵に見つかってしまいますね。それにアーチは他の遠距離武器と違い、捨てて消滅させることができません。この武器が使用された可能性は考慮せずとも良いでしょう」
ドロシーは憮然としているが、明らかに安堵しているようだった。
「では残りは遠距離杖だけとなりますが…これも唯一の杖の使用者であるサウル様の検証を、既に終えています」
部屋に閉じ込められており、持ち物がマックス、さらに【ワープ】杖には使用された形跡がない。サウルの杖による犯行を否定していた。
 これで全ての遠隔武器と杖による犯行が検証され、その容疑が一通り否定された。
 身内全てが犯人ではないということは、つまり外部犯ということ……。

<6>

「いや、まだ1人犯行が可能な人物がいますよ」
サウルが皮肉な笑いを含んだ静かな声で言った。
「それはエルフィン、君だ。そもそもこの事件を複雑にしているのはロイ様の部屋が施錠されていたという君の証言のせいです。これがウソだったとしたら全てがひっくり返ると思いませんか」
動揺の波が波紋のように広がっていく。
 まさか、事件の始まりから落ち着き払い、冷静に事件を分析していたエルフィンが犯人だとでも言うのか。
「……確かに、サウル様の言う通りですね。しかし、私はバードです。攻撃手段を持ち合わせておりません。ロイ様にダメージを与えることができませんよ」
「ならば共犯者がいるんだ。例えば遠距離武器が使えないエキドナさんとか。そうすれば疑われることもない」
急に疑いを向けられたエキドナがギョッとして取り乱す。
「ま、待ってくれ。私にはアリバイがある。な、なあドロシー」
「あ、そうですね。昨日はえ~っと、エキドナさんとアクレイアの城下町で買い物してたんですよ。武器屋でエキドナさんが【ソードバスター】を買ってましたね。それで夜に大広間でロイ様と神父様(サウル)に会って、お2人とも部屋に戻りそうだったんで神父様(サウル)に見張りをつけるようエトルリア臣民の方に頼みました。その後、11時以降はエキドナさんと朝まで2人で城内のバーで飲んでいたんです。バーテンダーが友軍(緑)の方なので証言してくれると思いますよ」
「え、ドロシー…君、飲んでたのかい?」
サウルはエキドナにアリバイがあることよりも、むしろそのことに驚愕していた。いつも品行方正を私に求めるくせに自分は夜通し酒をあおっているとは!
「そりゃ飲みたくもなりますよ。神父様がそんな調子だから…」
「え?」
「もう、なんでもありません!」
隙あらばノロケはじめるので話がうやむやになってしまったが、エキドナとドロシーにはアリバイがあるということらしかった。バーテンダーは確かに城併設のバーで二人が飲んでいたことを証言した。
 疑いの視線は次第にチャドに集まる。
「えっあっ?そうか、もう俺以外に攻撃手段を持つやついないのか?」
レイとサウルは部屋の前に兵士がいる。エキドナとドロシーにはアリバイがある。残りはエルフィンとマリナスとギネヴィアのみ。
 気を取り直したサウルがエルフィンとチャドに向き直る。
「エルフィンとチャドによる共犯説で事件を構築可能です!」
この仮説はシンプルなだけに否定が難しい。チャドにアリバイがあれば良いのだが、それが無い。
 エルフィンは言葉に詰まり、答えることができなかった。サウルは笑った。
「うまいやり方ですね。自ら探偵役を買って出て密室前提の推理を展開させることで密室の印象をより強固なものにできる。実際は第一発見者の口先一つでかけられた幻の鍵だったわけです!……チャド?なにをしているのです?」
サウルが疑いを確信に変え、威勢よく犯人を告発する名探偵のような勢いだったのだが、疑いをかけられたチャド当人は指折り何かを数えていた。
「3足す…14は……17か。うん、そうだな。やっぱ俺にロイ様を殺すのは無理だ」
「えっ?どういうことですか?」
「俺が今までのレベルアップでヘタレまくったのはみんな知ってるだろ?俺もうレベル20なんだけど、力が全く上がってないんだ。初期値の3から動いてないんだよ」
一同は驚愕した。そんなことってあるか?と。しかし実際に現在のチャドの力が3しかないことを確認すると(ドロシーが守備力8なので【てつの剣】装備のチャドが切ってみたところNODAMAGEだった)、その事実を認めざるを得なかった。
「だから最高攻撃力の【ぎんの大剣】を装備しても17にしかならない。そしてロイ様の守備力は17だから、俺の攻撃じゃどうやってもロイ様に攻撃が通らないんだ」
正確に言えば【ぎんの大剣】は最高攻撃力の剣ではない。神将器【デュランダル】が8章外伝で手に入るはずである。しかし【デュランダル】は砂漠の面でルトガーが抱え落ちしていた……。
 ロイの守備力がやたら伸びて17になっているのは皆もよく知っていた。ロイが硬くなるからこそゲームオーバーによる章のやり直しができなくなり、味方の損失を抱えたまま前進してしまったのだ(ロードを鍛えすぎるのも考えものである)。
 ともかく、チャドの言い分は正しかった。
 こうしてチャドによる犯行も不可能ということが証明された。
「やはり、外部の者による犯行なのですね」
ギネヴィアが祈るようにして呟いた。もはやそうとしか考えられなかった。

<7>

 しかし、エルフィンがその思考停止を許さなかった。
「……いや、まだです。まだ可能性は残っています」
エルフィンはこれを言うべきかどうか迷っていた。しかし、これは彼女のためにもハッキリさせるべきだろう。外部犯説とは、語るべき可能性を全て突き詰めてこそ意味のある仮説なのだから。
「ギネヴィア姫、あなたなら【パージ】も【ワープ】も【レスキュー】も使用可能なのではないですか?」
「えっ……それはどういう…?」
「確かにあなたは非操作キャラです。しかし、非戦闘員ではない場合が存在する」
封印の剣本編を9回クリアするとトライアルマップに出現する隠しキャラ…それがギネヴィアだった。理魔法レベルB、光魔法レベルS、杖レベルAの賢者である。
「私が隠しキャラとして存在しているというのですか!」
「あなたを盤上に認めると、今まで議論してきたことのほぼ全てが崩壊します。無罪とされてきた誰もが容疑者に逆戻りになる。ですから姫、どうか否定して頂きたい」
「そ、そんなことを言われましても…」
少し考えあぐねると、ギネヴィアは思いついたように言った。
「私が魔道書や杖などを持ったことが無いことは皆さんご存知だと思います。ですから、まず凶器がありません」
「確かに。しかし、マリナスが共犯なら簡単に手に入るでしょう」
「なっ!わしをお疑いですと!」
ロイを殺され、神経過敏になっているマリナスが過剰に反応を示した。
「わ、わしにはロイ様を殺すような動機がありませんぞ!そ、それに、アイテムが欲しいならアクレイアの城下町に行けば良いのです。あそこにはあらゆる施設が揃っておりますからな!なんでも買えますぞ!」
保身に走るがゆえにギネヴィアを不利にしているが、マリナスに悪気があるわけではない。
「ええ、その通りですね。申し訳ありませんマリナスさん。これはただの可能性についての議論なのです」
エルフィンがマリナスを諌める。マリナスのことは初めから容疑者として勘定にはいれていない。しかし、ギネヴィアは…。
 自分が隠しキャラでないことの証明、そんなことが果たして可能なのだろうか。
 友軍に証明してもらえるようなアリバイがあれば話は早い。しかしギネヴィアはあいにくながら夜11時以降は部屋に一人でいた。その扉には見張りもいなかった。そして部屋はロイから10マス以内、【パージ】圏内にある。
「私が隠しキャラとして存在するには9回封印の剣をクリアする必要があるのですよね?」
ギネヴィアが毅然とした態度で問いかける。エルフィンは頷いた。
「では、申し上げます。封印の剣10周目の人間…そんなエムブレマーが、この様に大勢の死者を出すものでしょうか?」
今回のプレイでは、すでに40名に近い数の人命が失われていた。ロイの死に拘泥する意味すら見失うほど、多くの死を皆が見てきたのだ。
 これは決定的な証拠ではない。10周目の人間が上手いプレイをするという保証は無い。しかし、その場の全員が納得した。このプレイヤーが10周目なわけがない、と。それだけの説得力があった。
 実際のところ、ギネヴィアは隠しキャラでは無かった。ただの非戦闘員であった。

<8>

 これでほぼ全ての可能性は語り尽くされたと言って良い。
 外部犯という結論でロイ殺害事件は幕を閉じようとしていた。

「いや、ちょっと待ってください!いま、マリナスさんなんて言いました?」
エルフィンが珍しく、慌てながらマリナスに詰問した。
「え?いまって、え?」
マリナスは目を白黒させている。いまとはいつのことだろう。
「このトリック、分かったかもしれません」


つづく


補足:この話の前提条件として、登場人物のロイへの攻撃が認められている。これは攻撃キャラが明確な理由を持って、ロイに敵対しているからである。ロイ以外の登場人物はお互いに良好な関係にある。よってロイ以外の青同士、あるいは緑への戦闘行為は認めないものとする(エトルリア臣民のロイへのスリープは戦闘行為ではなくイベントシーンでの処理とする)。

補足2:ロイのステータスは全軍が正確に把握している(ロードという特異な立場のため)。

補足3:城内には店、宝箱、村は存在せず、出題編で描写されたイベント以外のイベントは起こらない。



各自の持ち物
(事件発覚時点)

・ロイ
てつの剣25
レイピア14
とびらのかぎ1
きずぐすり1

・エルフィン
きずぐすり3
とびらのかぎ1

・サウル
パージ4
ライトニング20
ライブ18
ワープ5
レスキュー1

・ドロシー
てつの弓17
はがねの弓22
キラーボウ9
きずぐすり2

・エキドナ
てつの剣32
てつの斧25
手斧12
ソードバスター20
きずぐすり3

・レイ
ミィル30
リザイア20
きずぐすり3

・チャド
てつの剣25
とうぞくの鍵30
どくけし3
せいすい3
きずぐすり3

・マリナス
なんでも

・ギネヴィア
無し





<解答編>


















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